地元・北海道の大学在学中は

学生団体の活動に精力的に取り組み、

東京のベンチャー企業に就職した彼女。

 

1年半後に受けた「うつ」の診断、

そこからはじまった自分探しや、

現在の活動、今後の目標など、

色々と話を聞きました。

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「こんなんじゃだめだ。変わらなきゃ。」っていう気持ちは強かったよ

Q:北海道の大学を卒業して、最初は東京で就職したんだよね?

A:そう、東京でデジタルマーケティングをやっているベンチャー企業に就職したよ。小さな会社だけれど、ちょうどFacebookのビジネスプラットフォームとか、Instagramが勢いを増していた頃で、マスメディアじゃないチャンネルで良いものが広まっていくことが、当時は面白いなと思っていたから。良い商品やサービスをつくっている会社や人たちが報われる社会だといいなぁ、という気持ちがあったんだ。

 

Q:どうしてベンチャー企業を選んだの?

A:大学生の頃、札幌圏では学生の社会活動がかなり盛んだったの。そういう場に集まってくる多様で面白いメンバーたちが、ベンチャー系の企業を志望・就職していたことに刺激を受けたのがきっかけ。こういう形もありなんだ、って思った。私自身も「自分で創りたい」という想いが強かったから、仕事の中に自分で考える余地があったり、少しでも自分の考えが事業の成長に貢献できたりするような会社に入りたかった。それで、誰かが作ったレールの上を歩くんじゃなくて、新しいものを創っているベンチャー企業を中心に、就職活動することに決めたんだ。

 

Q:入ってみて、どうだった?

A:会社が悪いわけじゃないけど、「ついていけなかった」というのが正直なところ。最先端の業界ということもあって、情報が常に変化していて、スピードがとても速かったの。わかっていたつもりだったけれど、想像以上のスピードに疲れてしまったというのもあるのかも。営業だったから常に成果を求められるし、交渉だったり、社内調整であったり、楽しむ余裕がなくていつもアップアップ。私の性格的に、色んなことに気付いて疑問を持つことが多いし、自分なりに時間を取って解消していかないと先に進めない傾向もあったから、最初から周りに後れをとっていた。「こんなんじゃだめだ。変わらなきゃ。」っていう気持ちは強かったよ。

 

Q:違和感を持ちながらも、すぐ辞めようとは思わなかった?

A:「頑張れば変われる」って信じてたし、「東京まで出てきて後戻りできない」「親になんて言うの?」って考えると、辞めようとは思えなかった。それまでの人生で、どんなにつらくても乗り越えてきた経験があったし、ここで逃げるわけにはいかないって自分に言い聞かせていた。

また同じパターンを繰り返さないためにも、しっかり原因を見つけて前を向きたかった。

Q:「うつ」と診断されて会社を辞めた当時は、どう感じた?

A:当初は「会社に傷つけられた」と考えていたけれど、今思うのは、私が悪かったわけでも、会社が悪かったわけでもないってこと。本当の自分、等身大の自分を見定めきれていなかった。親だったり、周りに認められたいっていう承認欲求に突き動かされていた。「優秀であること」「強いこと」が絶対だと思っていたんだよね。「そうじゃないとこの世界では生きていけない」「勝ち残らないと…!」という固定観念に縛られていたのかも。

 

Q:診断を受けて、最初に何をした?

A:とりあえず会社を休職して、北海道の実家に戻った。時間がゆったり流れる静かな環境で、少し心は癒されたけど、自分の内面にもっと根本的な問題があるって気づかされた。また同じパターンを繰り返さないためにも、しっかり原因を見つけて前を向きたかった。それには時間が必要だって分かっていたから、今後どうするのかは決めていなかったけど、東京の会社には辞めるって連絡したの。

 

Q:先が見えない状態で、仕事を辞めて地元に帰るのは怖くなかった?

A:正直、怖かった~。今後どうなるんだろうっていう不安がストレスになって、じんましんが出たくらい(笑)でも、自然の中を散歩したり、生まれてからの出来事やその時に感じたことを、覚えているかぎりノートに全て書き出したり、色々な本を読んだりして毎日を過ごしていた。その時に読んだ本の中で、子どもが成長する過程での「居場所」や「安心」の大切さを学んだんだよね。「私って無条件に愛される場がほしかったんだな」と気づけたことが、自分の中では大きかった。

 

Q:自分が感じたことを、そのまま素直にノートに書きだすって難しくなかった?

A:そう。感情を抑えるのに慣れちゃってて、最初はキレイごとばかり書いていた。だけど、向き合い続けるうちに、「ムカついてた」とか、「さみしかった」とか、だんだんと素直に表現できるようになっていった。気づいたのは、親や周りの人が実際にどう接したか・何を言ったかという事実と、子どもがそれを「どう感じたか」という主観は、必ずしも一致しないこと。そんな自分を理解し、周りの人とゆっくり話す機会をもてたことで、徐々に気持ちが楽になっていった。

求人に『子どもたちの居場所づくり』っていう言葉があって、これだ!って思った。

Q:そのあとは、どうしたの?

A:いきなり仕事をするのは不安だったから、半年ほど職業訓練校に通うことにした。前職給与の6割(だったような…)を受け取りながら通えるプログラムを見つけたの。学ぶことはもちろんだけれど、私にとっては日常生活に慣れることも目的の1つだった。そこで問題なく働けそうだなっていう自信をつけたあと、今仕事を見つけて働きはじめたの。

 

Q:今は何の仕事をしているの?

A:0歳から18歳までの子どもたちが自由に遊びに来る施設で、先生をしてるよ。教員免許も持っていたし、求人に『子どもたちの居場所づくり』っていう言葉があって、これだ!って思った。仕事をはじめて2年半になるけど、私自身がナチュラルな状態でいられる職場なの。

 

Q:どういうところが、ナチュラルでいられる理由だと思う?

A:関わる子どもたちがとにかく素直で純粋だから、嘘ついたり、争ったり、誰かを蹴落とす必要が全くない。かっこいい自分でなくても、変に繕わなくてもいい。「1人の人間」として関われることが、ナチュラルでいられる理由だと思う。