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夫と娘を連れて、上海からオーストラリアに転勤したジューンの場合(前編)

女性の社会進出が遅れる東アジアで

中国・上海だけはなぜか例外…。

「家事は女性がするもの」という

概念さえないといいます。

 

中国・上海でキャリアを積んだあと

オーストラリアに転勤した彼女に

色々と話を聞きました。

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若いときに「自分にはどんな仕事が合っているか」って考える機会はほとんどないよね。

 

Q:何の仕事をしているの?

A:Workdayという人事システムを通じて、組織が効果的に人材を管理できるようサポートする部署でマネージャーをしてる。こちらに引っ越して1年も経っていないけど、生まれ育った上海を出て、初めて違う国や文化を知る機会になっているわ。

 

Q:なぜ人事の仕事に?

A:大学の専攻が、人事だったから。私は内向的な性格だから、人と話す機会の多い人事は、決して心地よい仕事ではなかったね。もともと会計を専攻したかったけど、試験の点数が足りなかった。親の勧めもあって、当時まだ創設したばかりで人気が高くなかった人事専攻に変えたの。人事の仕事を始めて、もう16年目になる。

 

Q:今は人事の中でもシステム関係だから、性格に合っているのでは?

A:若いときに「自分にはどんな仕事が合っているか」って考える機会はほとんどないよね。今でも人よりシステムを扱う方が、私にとっては楽だし、たしかに合っていると思う。とはいえ、部下を持つマネージャーとしては、日々のコミュニケーションを通じてInfluence(相手の行動や考えに影響を与えていくこと)しなきゃいけない。でもやっぱりプライベートでは、映画を見たり本を読んだり、1人で過ごすのが好き。

 

「家事は女性がするもの」という概念はないし、男性が料理するのも当たり前。

 

Q:上海は、家庭でも職場でもジェンダー間の格差が少ないって聞いたけど、本当?

A:そうね。少なくとも私たちの世代には、「家事は女性がするもの」という概念はないし、男性が料理するのも当たり前。私の周りでも、働いてない女性って知らないなぁ。

 

Q:いつ頃からそういう文化なの?

A:よく分からないけど、私の両親の時代はまだ男女分業の考えが残っていたと思う。でも現実的に考えて、男女ともに高い教育を受けているんだから、両方が働くほうが家計も安定するし、そうしない理由はないよね。上海で専業主婦っていう選択肢があるとすれば、それを目的に相当なお金持ちと結婚した人くらいじゃないかな(笑)

 

Q:これまでどんなキャリアを積んできたの?

A:大学で人事のアカデミック(学問的)な知識を学んだあと、最初は社員70~80人ほどの会社で2年間人事アシスタントとして働いたの。小さな会社だったから、入社から退職までのオペレーションすべてに関わることができて、とても良い経験だった。

 

Q:最初の仕事での、一番大きな学びは何だった?

A:人事の専門家としてのコミュニケーションを学んだね。自分より年齢もポジションも上のシニアマネジャーに対して、自由に話すのではなく、人事の視点からどう相手を説得したり、意見を提供できるか。会社の受付の人のように、ただフレンドリーであればいいだけじゃない。注意して相手の話を聞いて、共感しながらも、近づきすぎないことが大事だと知った。

 

何かの専門性を身につけるには、集中して働く時期って必要だと思う。

 

Q:そのあとは、どこに転職したの?

A:世界的に有名な高級ブランドに転職したけど、営業や売り上げに集中しすぎて、人事への関心や尊敬が薄い会社だった。言われたことをやるだけで学べることが少なかったから、そこは1年で辞めて、医療機器の会社に移ったの。香港にあるAPAC地域の人事本部と連携して、中国支社の人事制度をゼロから作る仕事だった。

 

Q:そこでは、どんな学びがあった?

A:とにかく幅広い内容を速いスピードで学ばなきゃいけない環境だったから、夜の9時頃まで働くこともザラだったし、土曜日も家で仕事をしていたね。後半の2年間は、2人の部下を持つ経験もできた。この会社での5年間のおかげで、知識と自信が身について、そのあと高いポジションにつく準備ができた。何かの専門性を身につけるには、集中して働く時期って必要だと思う。

 

キャリアについて娘にアドバイスするとしたら、自分の興味や情熱に従って選択するように勧めたい。

 

Q:どうしてその会社を辞めたの?

A:ワークライフバランスを考えたから。今でも覚えているのは、結婚して娘を妊娠して、もう7ヶ月くらいになっているときに午前3時まで残業したこと。キャリアアップするのに十分な経験は得ていたから、今の会社にシニアマネージャーとして転職することになった。それから6年間上海オフィスで働いていたんだけど、会社の方針でポジションがオーストラリアに移ることになって、こちらに転勤することになったの。

 

Q:シニアマネージャーになってみて、どうだった?

A:今までは、分からないことがあればGo-to person(その分野に詳しい人)に聞けばよかった。でも、今度は自分がそのGo-to personの立場になったことで、責任の大きさを感じる。それから、部下や他の部署とのやり取りも、私にとっては挑戦だね。私は元々、周りの人がハッピーでないと居心地が悪いと感じる人だから、「あなたがやりたくなければ、私がするからいいよ」っていうのが普通なの。でも仕事ではそうはいかないから、必要な時に「NO」と言えるようになるのは簡単じゃなかった。

 

Q:娘さんが15歳くらいになったときに、キャリアについてアドバイスするとしたら?

A:興味のあることや情熱に従って、自分のキャリアを選んでほしい。オーストラリアの良いところは、選択肢がたくさんあって、みんなが自由に仕事やキャリアを選んでいるところ。中国だと1つのラインの上を歩いていくように、選択肢も限られているし、可能性の広がりがあまりないから。娘には、自由に選んでいいんだって思ってもらいたい。

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